2022年11月8日 第8回松川賞授賞式
<受賞者発表と講評>
今野 順夫
松川事件記念「松川賞」のための作品募集・選考の業務を行うために、NPO法人・松川運動記念会から委嘱を受けて組織された「松川賞運営委員会」からの報告です。
委員会は、第8回松川賞の募集・選考作業にあたっては、「松川事件・松川裁判・松川運動の事実と教訓を学び、後世に正しく継承するために」設けられた「松川賞」の意義を十分に生かすことができるように、努力してまいりました。
松川賞の作品募集については、2015年にはじまりしたが、現在の応募部門は、①研究・評論部門、②創作部門、③エッセー部門、④読書感想文部門、⑤語り継ぐ活動部門の5つの部門です。
第8回目となる今年の「松川賞」は、2月から9月末までの受付期間中に、3人の方の応募がありました。それを選考対象としましたが、その分野は、①研究・評論部門に2件、④読書感想部門に1件でした。
選考の結果、お一人に、「松川賞」を授与することにしました。
①研究・評論部門に応募された、町田九次(まちだきゅうじ)氏(73歳)の評論「笑う裁判官」に、「松川賞」を授与することにしました。この評論は、「高田文学」(美里ペンクラブ)第53号(2022年2月10日)に発表されたものである。
筆者が、山本薩夫監督の映画「松川事件」を観たとき、裁判所が死刑判決を含む重大な判決を宣告しているのに、その陪審席にすわる裁判官の一人が、「にた、にた」と笑うようなシーンが映し出される。この場面に、異様な衝撃を受けた筆者の経験を、それが真実であったのかどうかを追求するものである。
朝日新聞の検索を通じて、その裁判傍聴の記事が、この裁判官の行為対しての弁護団の抗議のなかで、結局「陳謝」という形でおさまったことを思うと、確かに少し「笑った」らしい、と結論づける。また、伊部正之氏の著作「松川裁判から、いま何を学ぶか」(2009年、岩波書店)でも、主任弁護人の抗議に対して、裁判長は、「高橋裁判官に注意します。緊張してまじめにやって、心ではまじめにやっておられるのでしょうが、外観においても・・。」との叙述があることを確かめる。こうした記録に基づいて、映画は、忠実に製作されたのであろうとする。
また、「松川詩集」や「松川歌集」にも、触れられているはずとの示唆を受けて、確認する。杉浦三郎氏の「断じて許さない」という詩の中で、「・・・高橋裁判官は ニャラニャラ笑ってる 私の怒りも爆発する・・・・」とし、草野心平氏の「判決の日に」という詩の中でも、「・・・裁判官が人の死を言い渡したあと 陪席の判事は薄く笑った なぜ笑ったのか 人が人の死をいいわたしたとき 判事は薄く笑い続けた ・・私はあの判事の薄ら笑いを 一生忘れることはできないだろう・・・」と。以上、適切な引用を紹介しながら、追求の実を上げているといえる。
この評論は、最初から最後まで一貫して、タイトルの「笑う裁判官」に即して書かれている。また、最後は筆者自身が「松川事件」との関わりで新聞記者になったことを告げており、この評論を書く動機の必然性を記している点でも、評論を生き生きさせており、「松川賞」に相応しいものと評価した。
以上が、受賞作品と講評ですが、今回、受賞とならなかった作品も、意欲的なものであり、今後、さらに磨きをかけて、次回以降の募集に応じて欲しいと思います。
松川賞募集は、2015年から8回目になりました。8回で応募者は 31人になり、松川賞を受賞した方は、研究・評論部門で 2人、エッセー部門で 4人、読書感想部門で1人、語り継ぐ活動の3人で、合わせて10人なりました。さらに「特別賞」はトータルで4人となり、それを含めると14人の受賞者となりました。
今後とも、是非、多くの方々が、積極的に応募されることをお願いしますが、松川事件及び松川運動に関わる自分の経験、思いを、発表し広く共有することは、松川事件・松川裁判・松川運動をより豊かな内容として、承継することができるものと思います。
松川賞応募作品を通じて、松川事件・松川運動を正しく継承する運動に参加いただくことをお願いして、受賞作品の発表と講評に代えたいと思います。
2023年10月1日
松川賞運営員会委員長 中井勝己
第9回松川賞作品審査結果の講評
第9回松川賞に、下記の5作品の応募があった。
(1)研究論文・評論部門
①研究論文 タムラノサー「救援活動を続ける中で松川事件から学ぶこと」
②評論 大塚茂樹「主任弁護人・大塚一男の軌跡」
(2)創作部門
③小説 鈴木正博「真実の祈り」
④小説 ポポ「人間錯覚」
(3)語り継ぐ活動
⑤青木けんじ「松川事件はなぜ忘れてはならないかー無罪判決の勝利60周年を前に」
8月27日に松川賞運営委員会が開催され、これら5作品について慎重に審査した結果、以下の2作品に第9回松川賞を受賞することとした。
(1)評論 大塚茂樹「「主任弁護人・大塚一男の軌跡」
「松川事件」を最初から担当した、父であり弁護士であった大塚一男について、その著作及び弁護士としての活躍を、人間的な側面も加えながら、極めて客観的に記した評伝・評論である。
1963年9月12日の松川事件無罪確定の日に、大塚氏宅にNHKの取材が来た記憶から始まる作品は、1949年に24歳で弁護士登録をした大塚一男が松川事件発生当初から弁護を担当し、14年余に及ぶ松川事件無罪確定までの記録と記憶をしるしたものである。松川事件発生の時代背景、松川事件の特質、大塚の弁護活動やその苦闘などが簡潔にして的確に記述されている。
この作品は、大塚一男の個人的な事実やエピソードを語る中に、松川事件に関わる大塚一男や著者の考え方や事実の見方が、適切な判断のもとで歯切れのよい文章で記されており、「松川事件」に関する貴重で新鮮な著作として評価できる。また、松川事件が引き起こされた時から、「権力側と弁護側の攻防」が読み取れ、小説を読むような興味が湧きおこされる作品でもある。
(2)小説 鈴木正博「真実の祈り」
この作品は、「冤罪」を告発し、そのことを読者に訴え、考えさせることをねらいとしたものである。実際の松川事件と仙台北稜クリニック事件を題材にして、松川事件の元死刑囚安藤一郎氏と北里クリニックの無期懲役囚畑大樹氏との「冤罪」をテーマにした手紙の交換という書簡体形式の小説に仕立てている。
「冤罪」事件に共通する警察や検察による「取調室という空間が人間社会から遮断された悪魔の巣窟」で「自白が強要」される恐怖と「犯人でっちあげ」の恐ろしさがリアルに記述されている。また、松川事件以外にも、再審で無罪を勝ち取った免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件、さらに袴田事件、郵便不正事件、飯塚事件などにも触れ、戦後わが国の「冤罪」事件の広がりにも話が及んでいる。書簡の最後で、冤罪被害者を救済するために刑事訴訟法における再審規定の改正が訴えられている。
この作品は、冤罪事件の構造について現実の多数の事件に触れながら、往復書簡形式で書き記した優れた作品である。
2023年9月19日
松川賞運営員会委員長 中井勝己
本年1月末、第8回、第9回松川賞受賞作品をパンフレットにしました。パンフは、B5版で31頁です。頒価は300円です。
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